リン酸鉄(LFP:Lithium Iron Phosphate、リン酸鉄リチウム、化学式LiFePO4)は、リチウムイオン電池の正極材の一種で、リチウム・鉄・リン酸の化合物である。1996年に米テキサス大学のJ. B. Goodenough教授(2019年ノーベル化学賞受賞者)の研究室で発見され、2000年代から実用化が進んだ。安全性・サイクル寿命・コスト・倫理調達面で優れる特性から、2020年代の系統用蓄電所市場で支配的シェアを獲得している。

LFPの主要特性は、(1)公称電圧:3.2V(NMC・NCAの3.7Vより低い)、(2)エネルギー密度:体積150〜200Wh/L、重量120〜160Wh/kg(NMC比 65〜80%水準)、(3)サイクル寿命:80%容量維持で6,000〜10,000サイクル超(NMC比 2〜3倍)、(4)熱安定性:分解温度250〜270℃(NMCの150〜200℃より高い)、(5)コスト:トン当たりLFP正極材は2024年で5〜8万元(NMCより20〜40%安)、(6)原材料:リチウム・鉄・リン酸(コバルト・ニッケル不要)、(7)放電特性:低温特性は劣るが平坦な電圧プラトー、と特徴付けられる。

系統用蓄電所でLFPが主流化した理由は、(a)安全性:熱暴走時の発熱・ガス発生が抑制的、消防対応が容易、(b)サイクル寿命:20年級の長期事業期間に適合、(c)倫理調達:コバルト不使用でDRC(コンゴ民主共和国)児童労働問題回避、(d)コスト:初期コスト・LCOE(均等化貯蔵原価)でNMCより優位、(e)容量フェード進行が緩慢で容量保証実行性高い、(f)容量フェード補正運用(DOD拡大、SOC範囲拡張)が容易、(g)火災試験データ蓄積(UL9540Aで良好結果)、などである。EV用途ではエネルギー密度の制約が大きいが、定置用では制約が小さい。

主要なLFPメーカー・製品は、(i)CATL:TENERコンテナシステム(4MWh級)、(ii)BYD:Cubeシリーズ、(iii)Sungrow:PowerTitan(5MWh級)、(iv)Hithium:ATLAS、(v)EVE Energy:MEGAシリーズ、(vi)Trina Storage:Elementa、(vii)日系:パナソニックエナジー、GSユアサ等が研究開発、で多くが中国系メーカーである。

近年の進化として、(A)314Ah・340Ah級大容量セル登場、(B)CTP(Cell-to-Pack)・CTR(Cell-to-Rack)・CTC(Cell-to-Container)構造でエネルギー密度向上、(C)20年・15,000サイクル保証製品、(D)液冷標準化、(E)AI予知保全統合、(F)コスト100USD/kWh水準達成、が進む。固体電池・ナトリウムイオン電池等の次世代化学が普及するまで、2030年代を通じて系統用蓄電所のLFP優位は継続する見通しである。

国際的には、IEC・IEEE等の国際標準化機関での規格策定、グローバル製造・運用事業者間の技術連携、新興市場(東南アジア・中東・アフリカ等)への展開機会拡大が進展しています。日本企業にとって、本技術領域での研究開発投資の継続、スタートアップ・大学・国立研究機関との産学連携、特許戦略・知財管理の高度化、海外実証案件への参画が、グローバル競争力確保の重要要素です。経済安全保障・サプライチェーン国産化政策の中で、本技術の戦略的位置付けは中長期的にますます重要となります。

主な出典・参考情報

  • IEC(国際電気標準会議)規格群(IEC 62933、IEC 62619、IEC 61850等)
  • IEEE(米国電気電子学会)標準(IEEE 1547、IEEE 2030.5等)
  • JIS(日本産業規格)電気・電池関連規格
  • UL認証規格(UL 9540、UL 9540A、UL 1973等)
  • 各メーカー製品仕様書・技術資料
  • NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)技術ロードマップ